思うこと

羽生結弦という『ノンフィクション』に胸を打たれる理由を考えてみた。

 

こんにちは 忘れちゃいけないことを書いたメモを毎回バイト先に忘れる あやみです。

 

 いやはや 昨日一昨日と、つい。

フィギュアスケートの演技に釘付けに

なってしまいましたね!

 

 

気が付くと私も羽生くんの演技から目が

離せなくなって、いつの間にか熱いものが

込み上げ目から出てました。(;_:)

 

 

確かに!

 

凄いですよ?凄いことしてるって

事だけは分かるのですが。

 

じゃあ何故、フィギュアにそこまで詳しく

も無い私までもが、彼の演技にこんなにも

惹きこまれ涙までしてしまうのか、を。

 

今回、冷静に考えてみました。

 

 

小さい頃、私は自分の「将来」や「未来」

というものに根拠の無い自信とともに

無限の可能性を感じて、それにキラキラと

まぶしい飾り付けをして心を躍らせて

いました。

 

 

しかし

 

それは歳を重ねるごとに「現実」という

色にどんどん染まっていき。

また、憧れていた「モノ」や「ヒト」さえ

その『現実』の中で色あせ、私自身

「期待」というものをすることすら疲れて

しまい、全て「表面的なおもしろさ」に

作り笑いで応じるようになっていました。

 

『だって結局現実は

そういうもんでしょ?』

 

って。

 

そして世の中への期待や憧れはどんどん

色褪せていく中。

 

私は世の中に対して幻滅しているようで。

 

実は何も出来ず不満ばかり抱える

自分自身に幻滅していたことに気が付い

ちゃったりするんですね。

 

それがただただ虚しくて。

空っぽになった心に何かを詰め込まなきゃ!

と、急いで世間で「いい」と言われている

流行りものにとにかく手を伸ばしてみたり

するのですが…。

 

結局回りまわって飲み込んだそれらを

上手く消化しきれず下してしまって

より体力も精神力も削ってしまったり…。

 

 

 

そんな中。

 

「嘘」や「ごまかし」や「表面的」だと

苦笑いばかりして見ていた現実の

全て覆す存在だったのが。

 

羽生結弦の演技だったんです。

 

 

見てワクワクドキドキするなら映画でも

テレビドラマでもいいはずなのですが。

心の中のどこかで。

「でも結局は作り話だし」

と思ってる部分が、やっぱりあって…。

 

けどそんな中。

 

まさに映画やドラマのような

展開を見ているのに。

それが「現実の出来事」だという衝撃に

気持ちが追い付かなくて、ただただ

言葉に出来ない熱い何かが込み上げて

来て、気が付くと目からポロポロと

こぼれてました。

 

『現実で、こんなことってあるの?』

 

ドラマよりもドラマのような展開で。

映画よりも濃厚な時間を。

 

彼は見せてくれたんです。

 

 

何が幻滅だよ!

何が、「そういうもんでしょ?」

だよ!!(._.)

 

一方的に世の中や自分に幻滅していた

自分自身が恥ずかしくて

たまらなくなりました。

 

おそらく、そういった嘘いつわりの無い

彼のその姿に同じように多くの人々が

胸を打たれたんだろうなぁ、と。

 

 

Twitterで色んな方の感想を見ていると

「おめでとう」「お疲れ様」の言葉の

中に。

「ありがとう」

という言葉が沢山あるのも。

きっとそういうことなんだと

思いました。

 

 

素晴らしい演技を見せてくれて

本当に、ありがとう。

 

 

PS:宇野くんめっちゃ撫でまわしたいです。

 

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